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(旅に行けないので)日本の島について [旅・出張]

NHKを見ていたら「ニッポン島旅」という番組があって、五島列島の福江島をやっていました。
資料館でしか見られなかったお祭りの様子など、また旅行をしたくなってきます。

一昨年2018年に、全都道府県庁所在地を制覇してから、日本の島を巡る旅を始めました。
日本の島の面積上位20に行って見ようというわけです。
雨男のせいでしばしば天候に阻まれつつも、行ける島としてはあと屋久島だけ、と王手をかけたところでこのコロナウイルスの自粛です。
一体いつ行けるのかわからないので、これまでの島をふりかえってみたいと思います。

なお、日本の島の面積順、といっても資料によって違いがあり、ここではWikipediaの情報を基にしています。

()は面積km2

■第1位 本州 (227,942)
(略)
住んでいる。実は世界第7位と大きな島。

■第2位 北海道 (77,984)
(略)

■第3位 九州 (36,782)
(略)

■第4位 四国 (18,298)
(略)

■第5位 択捉島 (3,167)
(略)行けないし。

■第6位 国後島 (1,489)
(略)行けないし。

■第7位 沖縄島 (1,207)
(略)沖縄島って言い方はあまり聞かないですね。

■第8位 佐渡島 (855)
沖縄島に次いで大きい島だが、全体が1つの市になっていて、人口は6万人弱と少なく、人口もばらけている感じ。
島というと狭隘な土地という印象があるが、中央部は平野になっていて、米どころの1つになっている。
島流しの歴史があるので実は文化の香りがあり、能舞台が随所にある。一方で、廃仏毀釈も激しかったという。
また、金山のおかげで栄えたので産業遺跡も面白い。
重伝建になっている宿根木も素晴らしいし、それ以外も立派な街並みが多く残っている。

はっきりしないが、どうも日本の上位20位の島のうち、珍しく海洋島だった可能性がある。


■第9位 奄美大島 (712)
これも大きな島だが、佐渡島と違って、鹿児島県内で天文館に次ぐと言われる名瀬という繁華街がある。
土地が狭いので、不動産屋を見ると東京とあまりかわらない家賃が表示されていたりする。
渡瀬線の南にあるので食性も含めて沖縄っぽいが、建物やお墓は本土っぽい折衷的な雰囲気。
山がちで海岸線は入り組んでいて、激しい波が洗う浜があれば、穏やかな浜もあって変化に富んでいる。

■第10位 対馬 (696)
これまた山がちで、ドライブしていてもトンネルばかりでちっとも海が見えない。
行った際はあまりにも韓国人が多く、海外旅行をしているみたいだった。
携帯電話も韓国の電波を拾ってしまってびっくりしたことも。
道路標識は日本語と韓国語の二か国語表示
平地がほとんどないので農業には適さず、古くから国境の街として貿易で栄えてきた。
平安時代の城跡や大戦時の砲台など、まだまだ観光地化されていない場所がたくさんある。

島の中心部に船越と呼ばれる細い場所がある。
船がショートカットするために陸を担いで渡ったという場所。
実は他の島でもこの「船越」という地名は見られる。

■第11位 淡路島 (593)
一番離島っぽくない、バスで行ける離島。
鉄道ではいけないが、実は昔島内に鉄道が通っていた。
街は離島っぽくないが、海は美しい。
また、辺境ではなく日本の歴史に古代から登場するところも離島っぽくない。

■第12位 天草下島 (575)
このくらいの大きさから、ようやく1日で観光しながら一周できる感じ。
離島っぽいが、橋を渡っていくと陸路で本土とつながっている。
ほとんどが天草市だが、一部だけ苓北町。これは苓北には火力発電所があることも理由らしい。そのため、電気の確保に苦労する離島、どころか熊本県内需要の6割を発電しているらしい。
隠れキリシタンの歴史が残り、崎津のように小さな漁村に教会が建つという不思議な景色を作っている。


■第13位 屋久島 (504)
行きたい!

■第14位 種子島 (444)
鹿児島県最高峰を有するとなりの屋久島と違って、最高地点で300mないのっぺりとした島。
鉄砲伝来の歴史があり、今はJAXAのロケット打ち上げ上があって見学できる。

■第15位 福江島 (326)
五島列島最大の島。
ここもキリスト教の教会が集落毎にあり、鍵もかかっておらず、勝手に見学することができる。
地形や海岸線は変化に富んでいて、静かな入江もある。
各地域に個性的な祭りもあり、再訪して五島列島の他の島にも是非行って見たい。


■第16位 西表島 (290)
他の上位20位の島はみんな1万人以上は住んでいるのに、西表島は3000人に満たないという極端に人口が少ない島。
マラリアの蔓延地域だったために人が住めなかった。
おかげで、賑やかな隣の石垣島と打って変わって、未だに道も島を一周しておらず、秘境感たっぷり。

■第17位 徳之島 (248)
奄美大島の南に位置するが、奄美大島と比較して地味な印象があり、観光地化されていない。
奄美大島以上にサトウキビの栽培が盛んで、闘牛が有名なので牛を鍛えるために散歩させている光景をしばしば見かける。
なぜか?出生率が高い子宝の島で、かつては教育に力を入れて東大にたくさん進学していたこともあったという。


■第18位 色丹島 (248)
行けないし。

■第19位 島後 (242)
隠岐は島後と島前という2つの地域に分かれていて、島後は島後島1つ。島前は中之島、西ノ島、知夫里島の3島を中心とした島々。諸島内、特に島前は頻繁なフェリーで簡単に島々を行き来できる。
ジオパークになっているとおり、島ならではの変化に富んだ地形を楽しめる。
海洋島だったが、氷河期に一瞬本土と地続きになっていたという変わった歴史もある。
西ノ島であれば、日本海側は断崖絶壁で白波が打ち寄せ、本土側の内海は穏やかで陸もなだらかで人口が集中する。
文化的にも神社が大変に多く、土俵があったりして面白い。一方、廃仏毀釈が激しかったために寺社は神社と比較して極端に少ない。

■第20位 天草上島 (226)
宇土半島と天草下島をつなぐ場所に位置していて、両方と橋でつながっている。
下島に比べて離島感には欠ける?
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徳之島旅行 [旅・出張]

例年の1月連休旅行、今年は鹿児島県徳之島。


鹿児島で1泊してから2日目の朝に徳之島到着。


ヨナマビーチに行くと早速天気が悪くなってきた。
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でも、海はきれいですね。

徳之島が他の島と違うかな、と思ったのは、走っている人(特に女性)と散歩させられている牛(特に牡)が多いことです。
女性の走りのフォームはダイエット目的でちょっと、という感じではなく、どうも合宿などできている人が多いようです。

ムシロ瀬と呼ばれる花崗岩が浸食された海岸に着くと、しっかり雨になりました。
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金見集落とソテツトンネル。
昔は集落の境界にソテツを植えていた名残だそうです。
天気が悪いせいか、他の観光客にほとんど会いません。
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畦プリンスビーチ海浜公園。
海はどこでもきれいです。
ただし、中国語の漂流物も見かけました。
足下を見ると、砂でなくて珊瑚でした。
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なごみの岬というところに来ると、かなりしっかりした慰霊碑があります。
太平洋末期に富山丸という船がこの沖で沈没して、3700名が亡くなったそうです。
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徳之島町立郷土資料館は図書館の上階。
明治から大正にかけて教育熱心だった地域で、とても東大出身者が多かったそうです。
今では鹿児島県の大学進学率は全国的に見ても低いのですけどね。
佐渡や隠岐と同様、廃仏毀釈もそれなりにあったようでう。

徳之島は闘牛で有名で、今でも盛り上がるのだそうです。
スペインの闘牛と違って、牛と牛が戦います。
戦意を失って逃げると負け。
徳之島なくさみ館には土俵があります。
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角の形によって得意技が異なるのだそうです。

伊仙町立歴史民俗資料館は13年前まで農業高校だった古い建物。
樽を抱えて開場時浮いて魚釣りをする漁や、サトウキビを搾る道具などの展示がありました。

サトウキビは島の中でも多いですね。
南西諸島では普通にサトウキビの栽培は見ますが、徳之島はもっとも生産量が多いのだそうです。
トラクターで刈っていて、山盛りに積んだトラックが走っています。
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夕暮れも近づいた頃、阿権集落と300年ガジュマル。
これといって観光地ともいえない集落です。
徳之島は川や渓谷も発達しているようでここは陸の孤島のような集落だったそうで、古い街並みが残ります。
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そして犬田布(いぬたぶ)岬。
ものすごい風でした。
夕陽の名所らしいですけれども、太陽、見えません。
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最後は犬の門蓋(いんのじょうふた)と呼ばれる奇岩。
ここも風と波がすごい。
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ここで一周終わり。
亀津に泊まってなかなかアツい夜でした。

翌日は買い物をして、空港のすぐ近くにあるウンブキと呼ばれる洞窟を覗いてから鹿児島経由で帰りました。
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鹿児島空港で乗り換え25分なのに、飛行機が20分遅れ、結構冷や冷やでした。
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八重山旅行 [旅・出張]

マイレージで2019年最後の旅行。

この年末年始は休みが長いこともあり、年末の四日で旅行をしようと思いたったものの、最近の傾向として、どこに行くのか考えてもまったく決まりません。
電車で行こうか、車で行こうか迷ってて、いや、飛行機でも良いかな、とある晩もパソコンに向かって航空会社のサイトの空席カレンダーをいじっていて、ふと下の方を見たら、なんと12/28に石垣に行き、12/31に戻ってくる便が空いているではないですか。

沖縄方面は人気があるせいか、特典航空券でとるのは難しいイメージがあります。
思わず二度見しつつも、すかさず予約して、離島旅行の鉄則として宿、レンタカーを押さえにかかりました。
これも大変でしたが、石垣島ではレンタカーを予約することができました。

改めて地図を見ると、日本最南端の八重山列島、石垣島は相当遠いです。
台湾に近く、鹿児島とマニラが同じくらいの距離。東京ははるか遠く。
台北より南にあり、緯度はホノルルと同じくらいと言います。

国内旅行であっても、北海道や沖縄は海外旅行のような雰囲気の違いを感じます。
今回は本当に海外旅行のようにも感じました。
気温も東京は一桁の気温で寒いのに、20度近く。全然年の瀬という感じがしないです。
日の出日の入りも東京と30分くらい時差があります。


■1日目 石垣島到着

羽田空港から午後に出発。
機内でアナウンスがあり、富士山がきれいに見えました。
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向かい風360km/hということで、国内線なのに4時間近くかかり、石垣空港に到着したときは真っ暗。

バスで街まで行ってホテルチェックイン、夜は3軒もはしごしてしまい、初日からハイペースです。

島なので海産物推しかと思いきや、「石垣牛」ののぼりが目立ちます。
牛を名物にする離島は多いですね。

石垣島は人口5万人程度と言いますが、イオンもドンキホーテもあり、コンビニもあり、繁華街も賑やかで若い人が多く、都市としての機能が充実しているが驚きです。

空港にはスターバックスもありました。



■2日目 雨の西表島

石垣島のホテルで目覚ましで起きると外は真っ暗。
日の出は7:30頃のようです。
東京とは日の出の時間が35分くらい違う。

石垣島は八重山列島のハブになっていて、離島ターミナルと呼ばれる船の乗り場は賑やかです。

今回の一番の目的は西表島で、西表島は(他にもいろいろないが)空港がないので石垣島を経由することになります。
最近は島旅に励んでいて、面積や人口の感覚が培われつつありますが、西表島はその大きさの割に人口が少なく2400人ちょっと。
もともとマラリアが蔓延していて人が住めなかったようです。
そのこともあり、現在でもほぼ全域が森林に覆われています。
特に内陸部は人が住んでいませんし、車が通れる道もありません。

島には外周一周道路というのがありがちですが、西表島の道は一周しておらず、西部の船浮地区は船でしか行けません。
なので、道と行っても東側の外周を走る道を行ったり来たりすることしか出来ず、交差点らしきものもなく、信号もほとんどありません。
ただし、イリオモテヤマネコなど野生動物に注意が必要なようです。


西表島には北の上原港と南の大原港があり、石垣港からは両方に船が出ています。
どちらかというと上原港の方が栄えているものの、冬はこちら側は欠航が多いようです。

さて今回は、空模様は怪しいものの、行きは無事上原港に行くことができました。
ただ、あまり大きな船ではなく、結構揺れました。
あと、石垣港には海上保安庁の巡視船がたくさん並んでいて、なかなか難しい状況であることを認識させられました。

そして、上陸時には本降りの雨に。

西表島はレンタカーが借りられなかったので、ツアーに参加しました。
クーラ川という小さな川をマングローブを見ながらカヌーでのぼり。膝下までの川を歩いてクーラ滝という滝を見てきました。
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昼にはこの時期の名物だというイノシシが入ったイノシシチャンプルー。
リュウキュウイノシシという、本土より少し小降りのイノシシだそうです。
豚肉に比べて、良く言えば弾力がある、悪く言えば固い。
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午後は雨の中、由布島という小さな島に渡りました。

由布島と西表島の間はとても浅く、水牛が引く車に乗って渡るのが定番になっています。かつては台湾から持ち込まれた水牛が八重山では活躍していたそうです。
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由布島は小さく低い島で、かつては蚊がいないこともあってそれなりに人が住んでいたものの、1969年(私が生まれた年ですね)、台風による高潮で水没して、ほぼ放棄されてしまったようです。
現在では植物園のようになっていて、ちょっとしたテーマパークのようになっています。
テーマパークのように入場料が必要です。

蝶が飼われている温室があり、オオゴマダラという大きな蝶が飛んでいます。
オオゴマダラのさなぎは黄金色だと書かれていて、どうせ黄色いだけだろうと思いつつ、一応見てみたら本当に金ぴかでした。
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ツアーの後はホテルに戻り引きこもり。
予定では、満天の星が見えるはずだったのに、雨でお預けです。
また来るしかないですね。

ホテルで以降の旅程を考え、最終日は朝帰る予定にしていましたが、島の旅、せっかくなのでいろいろ見たくなり、夜の便に変更してしまいました。


■3日目 雨の石垣島

西表島のホテルでまた暗い朝に起きると、降り続いた雨は起きてみると本降りになっていて、まるで本土の台風のよう。
(ここでの台風はもっとひどいことになるらしい)

やはり上原港からの船は欠航になっていたので、帰りは南の大原港まで行って石垣島に戻ることになってしまいました。

海が荒れていそうだったので念のため酔い止めを飲みました。
船に乗るとなぜか前方の席が封鎖されており、西表島に来る際に誰かが気分が悪くなって汚したためでした。
船に慣れていない人にはちょっと厳しそう。

この日は石垣島を一周することにしました。

石垣の中心部はたくさんファミリーマートもあるのに、街の外に出た瞬間、離島っぽくなり、コンビニどころか店すらほとんどありません。
この都市と田舎が共存しているところがこの島の魅力なのかも知れないです。

北部の島の幅が狭まったあたりにある玉取崎展望台、北端の平久保崎に行った際は一瞬天気が改善し、それなりに海が見えました。
島全体が珊瑚礁に覆われていて、珊瑚礁のエッジで白波が立っているのがよく見えます。
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サビチ洞という洞窟を見て、吹通川ヒルギ群落を見て、米原のヤエヤマヤシ群落を見てから、川平湾。
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ここはグラスボートが有名で、乗ってみました。
ただし、珊瑚はあるものの、魚や貝は隠岐の海士町のほうが圧巻だったかも。
なぜか海藻がまったく生えていないんですよね。
最後にディズニー映画で有名になったカクレクマノミを見ました。
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夕陽の名所だという島の西側の御神崎(おかんざき、うかんざき)まで遠回りしたものの、やっぱり雲しか見えない。西表島は見えましたが。
近いですね。
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ただ、この辺りは人が少ないせいか、ガードレールにカンムリワシらしき鳥が止まっているのを見ましたし、シロハラクイナという取が道を横断しているのもみました。
さらに、道に大きな鳥が数羽いて、何だと思ったら孔雀でした。
これはとてもびっくりしました。
もちろん、外来種です。

この日最後は唐人墓。
1852年、アメリカに運ばれる中国人苦力がひどい扱いに耐えかねて戦中で反乱を起こし、石垣島に上陸したものの、追跡され、多くが命を落としてしまったことを祀る墓です。
説明を見ると、1971年、つまり、返還前の琉球政府が、日中国交正常化前に現台湾政府と作った墓らしい。
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ちなみに翌1972年は沖縄返還、日中国交正常化、日本赤軍乱射事件となかなか激しい年だったのですね。

この日の夜は海産物の日にして、イラブチャー、マグロと食べまくり、さらにバーに行ったら地元に人達の話を聞く機会があり、大量に飲んでしまいました。


■4日目 竹富島

朝帰るはずだった最終日。
飛行機の便をずらして夜にしたので、竹富島まで行って見ました。
本当は日本最南端の波照間島も行きたかったのですけど、この日も終日風雨が強くて、帰れないと困るので、15分で行ける竹富島にしました。

重要伝統的建造物保存地区の街並みがあることも惹かれました。

揺れたものの15分の船旅はすぐで、竹富島の港から、石垣島にホテルが並んでいるのが見えます。

集落は島の中心部に集まっていて、港から10分ほど緩い坂道を登っていきます。
街並みは楽しめたものの、いくつかある施設は年末でほとんど閉まっており、喜宝院蒐集館の展示ぐらいしか覗けませんでした。
大晦日だから仕方ないですね。
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水牛車にのって集落をまわるのが定番のようですが、西表島で乗ったので自前の足に頼りました。
それでも1時間ほどで見終わってしまい、昼には石垣島に戻りました。

昼食をとり、いくつかの市内の見所を訪れたものの、やはり年末でほとんど閉まっており、天気も相変わらずなので空港にいって時間をつぶしてから帰りました。
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家に着いてテレビをつけると嵐が歌っていました。
一応国内とはいえ三泊四日、楽しかったけれどもさすがに疲れました。

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京都の1泊旅行 [旅・出張]

普段旅行は国内でも三連休で少なくとも2泊はしていますが、今回は土日1泊で京都に行ってきました。

もともとは京都国立博物館でやっている「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」が会期末で見に行こうと思い、ついでに京都で見ていないところを見てみようと思ったのがきっかけです。

国内でもまだ行っていないところがたくさんあるので、同じところに繰り返し行くことはほとんどありませんが、京都は一時期働いていたこともあり、たまに行きたくなるところです。

土曜日に朝寝坊して家事を片付けていたら、出発は昼過ぎになってしまい、京都に着いたのは夕方。
早速京都国立博物館「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」を見てから、紅葉のライトアップでも見ようかと永観堂に行ったら長蛇の列で締め切りになっていて、終了時刻を延長していた南禅寺を見てきました。
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先斗町に行けば予約でいっぱいの店ばかり。
宿を予約したときの値段から予感はしていたものの、秋の京都、恐るべし。

翌日の日曜日、東山エリアを見て帰ろうと哲学の道を通って、銀閣寺へ。
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ここに来たのは修学旅行以来かも知れません。

たまたま東求堂の拝観を行ってきて、見てきました。
義政が作った書院造りの原型があります。
違い棚など今の和室にほぼ近いものの、床の間はありません。
また、畳を敷き詰める、というのもここから始まったとのこと。
そして、北向きなのは読み書きをするときに強い光を避けるためとのことでした。
ただ、建物の商事や壁にカメムシがくっついているのが気になりました・・・。

さらに哲学の道を南下していくと、泉屋博古館の看板が出ていて、時間的に迷いましたが、結局見てしまいました。
泉屋博古館「花と鳥の四季 -住友コレクションの花鳥画」

前の晩にライトアップを見逃した永観堂。
きれいではあるもののまだ緑も残っているし、やっぱりライトアップの方が好きかな、と思いました。
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さらに南禅寺も再訪して昼間の紅葉を見ました。
しかし京都、いちいち拝観料がいて、それもそれなりの値段なので、千円札がどんどん減っていきます。
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最後は京都国立近代美術館「円山応挙から近代京都画壇へ」を見てから、遅い昼食をとり、京都駅から帰ろうと思ったところ、なんと2時間先まで満席。

スマートEXを使っていたので影響はなかったものの、緑の窓口も長蛇の列で、空席情報を示す電光掲示板も表示範囲の時間は全て満席という機能不全の状況。

駅の周りも混雑しているので、仕方なく?高台寺のライトアップを見て時間をつぶし、夜遅く帰りました。
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このところ多い離島の旅行に比べれば、京都は交通も便利で問題ないと思っていたら、なかなか苦戦しました。
ちょっと準備不足だったかも。

まあ、土日の1泊旅行も悪くないですね。
(また悪いことを覚えた。)



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種子島旅行 [旅・出張]

日本の島シリーズ、面積第14位の種子島。
11月の連休についに行ってきました。

ふりかえれば、種子島初挑戦の9月後半の連休は、鹿児島まで行ったものの台風のせいで海を渡れずに鹿児島旅行になってしまい、10月の連休は徳之島に行こうと思ったら台風首都圏直撃で今度は東京からすら出ることができませんでした。

鑑真のような気分になってきましたが、三度目の挑戦です。


マイレージの予約だったので早い時間がとれず、夕方に鹿児島入り。
さすがに台風シーズンではないだろうと思ったら、今度は桜島の噴煙で戻る可能性があるとの運行情報が・・・。
さらに夕方には薩摩硫黄島が噴火。

しかし、なんとか鹿児島到着。
知らなかったのですが、おはら祭というお祭りをやっていました。
先日も来て勝手知ったる鹿児島で飲んで、翌日は早起き。


西日本なので遅めの日の出の中、いよいよ鹿児島港から高速船で種子島に出発。
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島の北部の西之表港についに、ついに上陸。
まずは月窓亭。
明治維新後、将棋の羽生さんの先祖の家に、島を治めていた種子島家が住んでいたとのこと。
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奄美で見た島の家っぽい間取り。

続いて鉄砲館という博物館。
鉄砲に限らない、地学から生態系の展示があり、歴史の中で鉄砲伝来に触れられていました。
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ここから一気に南下し、JAXAの種子島宇宙センター。
ここは、世界一美しい発射場と言われているのだそうです。
海に面して緑が多く、広い。

ロケットガレージでは打ち上げが中止されたH2の7号機。
重量の9割は燃料だそうで、缶ジュースのようなものとのこと。
大型ロケット発射場ではバスの中からのみ。
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本当の発射、見てみたいですねえ。

宇宙科学技術館を見学してから近くの広田遺跡。
ここは弥生時代の墓地の跡らしいです。
なので、ちょっと殺風景です。
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これも、台風のせいで海岸が削られてみつかったものだそうです。
博物館が併設されていますが、ロケット発射時は周囲立ち入り禁止になるため、展示物を全て持ち出して待避するのだそうです。

帰りは雄龍・雌龍の岩を通り、
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天女ヶ倉展望台に日没直後に着きました。
まあ、一日だとこんな感じですよね。
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隣の屋久島と対照的に、種子島は平坦で、最も高いところで282.4mしかありません。


夕食はいろいろ聞いたことがない食べ物があって楽しめました。
伊勢エビはもちろん、セミ海老、草履海老と合ったので草履海老を注文。
食べられるところが少なかったものの、美味しい食べ物です。
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近くで飲んでいた地元の若者の話を聞いたり、楽しい夜でした。


これまでの2回がなんだったというくらい、(晴天ではなかったものの)天気に恵まれた中、島を後にしました。
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種子島に行こうとして鹿児島旅行 [旅・出張]

島シリーズの一環として、9月後半の連休、種子島を目指して、満を持して羽田空港に向かいました。

台風17号が近づいていて宮古島行きなど欠航はしていましたが、鹿児島行きはスケジュール通り。
着陸寸前は相当揺れたものの、無事に着陸しました。

ところが予約していた種子島までの高速船(水中翼船)は欠航してしまっており、
種子島行きの飛行機は飛んでいたものの、当然満席。
鹿児島で足止めを食ってしまいました。

仕方がないので空港のロビーでネットにつないでレンタカーやホテルを片っ端からキャンセルし、新たに鹿児島のホテルを予約。
一仕事して空港で昼食をとりました。

鹿児島は前に観光したことがあるし、種子島に行くつもりだったので鹿児島のガイドブックは持っていないし、どうやって過ごすかは悩ましい。
ホテルに荷物を置き、町でガイドブックを買って、とりあえずこの日は桜島にフェリーで渡ってみました。
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夜になると台風が近づいて風雨が強まってきました。

翌朝は台風最接近なので、遠出は諦め、(一度まわったことがある)市内観光。
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行っていないところに行こうということで、いおワールド鹿児島水族館を見て、鹿児島市立美術館を見て、前にも来た鹿児島県立美術館を見て、黎明館に行きました。
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黎明館は初めて。
館内は広く、展示も歴史、民俗、芸術まで幅広く、なぜか?人が少なかったのでゆっくり見られました。
鹿児島の歴史となると、いかに維新に貢献したかという話になってしまいますが、負の歴史とも言える廃仏毀釈にも触れられていたことが印象的でした。

夜になると風雨は落ち着いてきたので、さらっと飲んでホテルに帰りました。

そして最終日。
台風一過の快晴。
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レンタカーを借り、指宿のあたりまで海岸沿いをドライブしてきました。
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種子島、次回こそ。



と書いている今日も、徳之島に出発するはずだったのに、台風19号のせいで自宅軟禁です。
日本の秋の旅行は難しいですね。



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伊豆半島一周 [旅・出張]

9月の3連休、どこに行こうか決まらず、土曜日になっても悩みました。
近場に行こうとしても、台風15号の影響で、千葉や伊豆諸島には行ける状況ではありません。
結局昼になって伊豆半島を一周することを思いつき、出発。

今回は伊豆半島を反時計回りにまわってみることにして、まずは沼津に1泊。
沼津はそれほど大きな町ではないものの、繁華街もそれなりに活気がありますね。

翌朝は快晴。
沼津港大型展望水門「びゅうお」を見ました。
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これは津波による水害を防ぐためのものらしいですが、展望台にもなっていて、ボランティアが説明もしています。
富士山の景色と、透き通った青い海が印象的でした。
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ここから伊豆半島に入り、海岸線を走って、戸田。
「とだ」ではなく「へだ」。
ここは小さな湾になっていて、古くからの戸田港があります。
最近読んでいる地学の本の通り、湾には砂嘴が発達しています。
湾の中の海はとても穏やかで、海水浴をしている人も楽しそうでした。

砂嘴の先には造船博物館があります。
静かな港町ではありますが、ここ戸田は近代造船発祥の地なのだそうです。
幕末にロシアのプチャーチンが通商を求めて日本にディアナ号で訪れましたが、1854年の安政東海地震で大破、修理を試みるものの沈没してしまいます。
そこで、ロシア人船員の指揮の下、日本の船大工の力を借りて新たに帰国するための船を作ったのがここ戸田で、作られた船はヘダ号と名付けられたそうです。

また、この戸田は深海魚が食べられる食堂が並んでいて人気があります。
赤ムツ(ノドグロ)を食べました。

さらに南下して土肥金山。
伊豆半島で金が採れたとは知りませんでした。
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続いて、堂ヶ島で定番の洞窟めぐりボート。
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ここまでの西伊豆、海沿いを走り、海の向こうには富士山が見えて絶景です。
海も美しく、釣りをしている人もたくさんいてうらやましい。
また、結構起伏があって、山道も通ります。
ドライブは楽しい。
地形や雰囲気は離島のようで居て、東京からの近くにこんなに良いところがあるのかと驚きました。
ただ、観光客は多く、コンビニも多い。

夕方になって、松崎という小さな町を訪れました。
伊豆半島の町によくあるというなまこ壁があります。ただ、この場所だけ。
むしろ、その先にある明治商家中瀬邸が素晴らしい。
日本家屋の欄間や障子の幾何学的なデザインは本当に素晴らしいと思います。
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町は桜の季節も美しいとのこと。
また来てみたい場所です。
少し郊外には国指定重要文化財岩科学校があります。
和洋折衷で学校とは思えぬ不思議な建物です。
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伊豆半島の最南端、石廊崎(いろうざき)に着いたのは日が暮れた直後。
波はもちろん、風がものすごく強かった。
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暗い中、下田に向かう途中、道にイノシシが登場してちょっとびっくりしました。
この日は下田に泊まり、寿司を食べに街に出ましたが、なんと海が荒れていて、名物の金目鯛を食べられず。
これまたまた来る必要がありますね。

翌朝は下田の町を見学。
下田ロープウェイで寝姿山に登ると、下田の町や下田湾が一望できます。
この小さな湾に、黒船がやってきたのですね。
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町に降りて、稲田寺(とうでんじ)、宝福寺、下田開国博物館、了仙寺、黒船ミュージアムMOBS。
唐人お吉やら、ペリー来航の様子。
いち早く開港された下田は、欧米では一番有名な日本の町でした。
ちょっと面白いのは寺を見ると、関東なのにシキビが供えられていたところです。

ブラタモリでも出たペリーロード。
ここは観光地としても整備されていて、しゃれたカフェなどもあります。
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全体として、下田は観光客が減っているとのこと。
確かに東京からはちょっと時間がかかりますが、電車で行ける半島、なかなか良いと思うのですけどね。
最後にダメ押しに寿司を食べて、5時間かけて東京に戻りました。

海岸線をまわったので、見られなかった内陸部も含めて、また行ってみたいところですね。
今度はできれば電車で行くか、時計回りにまわってみたいです。

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五島福江旅行 [旅・出張]

日本の島シリーズ、今度は15番目の大きさの五島列島福江島に3日間の旅です。

長崎県の五島列島はいくつかの島の集合体で、行政区分も複雑ですが、大雑把に上五島、福江島(下五島)と分けても呼ばれます。
今回は福江島のみ。

行きは長崎空港で乗り換えて、五島つばき空港へ。
バスで乗り換えて福江港へ。
結構船の出入りが多く、それがまた島らしい雰囲気を醸し出しています。
マツモトキヨシもありました。
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例によって?雨が降りだしました。
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初日で時間も少ないので、まずは、五島観光歴史資料館を見学。
3フロアに亘って充実した展示。
各地の念仏踊りの展示も興味深く、ヘトマトというのも日本の祭りらしいなあ、と思いました。
大草離を男たちが神社に運んで奉納するのですが、昭和20年頃から、通りがかりの女性を無理矢理草履に乗せて胴上げするという行為が加わったそうです。
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翌日も予想通り雨。
まずは福江港近くの武家屋敷通りと山本二三美術館。
福江は残念ながら1962年に福江大火と呼ばれる火事があって市の中心部が焼けてしまったものの、ここは古い街並みが残ります。
石垣の上に丸石を積み上げ、かまぼこ形の石で止める、というのがここのやり方のようです。
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五島といえば教会。
ただ、戦国時代にキリスト教徒が増えたものの、弾圧で一旦ほぼ途絶えてしまい、その後九州本土の大村外海(そとめ)地区から移住した農民がキリスト教を密かに守ってきました。
明治維新直後もキリスト教弾圧は続きましたが、外国からの批判によってようやく信教の自由が認められました。
今ある教会はそれから建築されたもの。
なので、寺社仏閣のように古くはないですし、海外の立派な教会と違って素朴です。
ただ、生活に密着した感があって、集落の一つ一つに特徴的な教会があり、誰もいなくても勝手に中を見学できます。
靴を脱いで上がるんですよね。
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そして教会とともに魅力的なのが海岸線で、入江が深く切り込んでいて、静かな湾を作っています。
隆起した地形と火山の噴火によって作られた作られた地形が組み合わさっていて、断崖絶壁があると思えば、美しい砂浜もあります。
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教会と海岸線を見ながら一日かけて一周し、福江で飲んで2日目終了。

最後の晩は雨が強く、朝方は雨の音と雷の光で目が覚めるほどでした。
どうやら大雨警報が出ていました。
港に出ると、海の色が一変していました。
川から土砂が流れ出したのでしょうか。
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福江城を覗いてみましたが、庭園は天候のために入場中止でした。
福江城、かつては高松城のように海に面した城だったのに、現在は埋め立てが進んで、街中になってしまっています。
でも、石垣や堀は風情があって、今は長崎県立五島高校が中にあるので、高校生が出たり入ったりしています。
昔は金沢大学もお城の中にありましたね。
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さんざん雨降ったのに、帰ろうとすると晴れてきました。
帰りはジェットフィルで。
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島を出ると、やはり途中で海の色が変わって、大雨の土砂の影響だったのかな、と思いました。
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長崎に渡るとやはり大都会。
ちょっと時間があったので崇福寺を見て、蚊に刺されて帰ってきました。
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隠岐(島後・島前)旅行 [旅・出張]

島の旅シリーズ、今回は島根県隠岐(島後・島前)。

隠岐と呼ばれる諸島は島後(どうご)と島前(どうぜん)の2つのエリアからなり、島後は島後という島一つ、島前は中之島、西ノ島、知夫里島の3つから主に構成されています。


■島後編

金曜日の夕に羽田空港から出雲空港に飛んで松江で一泊し、翌朝土曜日の朝に飛行機で、島後(沖ノ島町)の隠岐世界ジオパーク空港へ。
ATR42-600、なかなか味があります。
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レンタカーで出発し、玉若酢命神社へ。
玉若酢命神社は入口にある八百杉(やおすぎ)という巨大な杉で有名です。
手水舎にアジサイが沈められているのもしゃれていますね(アジサイは毒だけど)。
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隠岐はとにかく神社がたくさんあり、島とはいえ回りきれないほどです。
(実は寺もたくさんあり、幕末には隠岐に106あった寺は一時0になるほどの激しい廃仏毀釈で激減している。)
建築様式は隠岐造りと言われるもので、大社造りに似ています。

続いて向かったのは佐々木家住宅。
庄屋の家を保存したもので、中を案内してもらえます。
家の前の石段に生えている草(龍の髭)、雨だれがはねないようにする機能があるのだそうです。
知りませんでした。
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隠岐はアジサイがとても多いです。
川沿いにも並んで咲いているのを見ると、これは自然に生えているのではなく、人が植えているのでしょう。
住んでいる人の心意気を感じますね。
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途中で岩倉の乳房杉(ちちすぎ)に立ち寄った後、中村地区で昼食。さざえ丼。
さざえって、普段あまり食べないもの。最後に食べたのはいつだろう。
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島後の北端近くまで来て、白島(崎)展望台。
ここは岬のように少し飛び出しているのですが、湿った海風で洗われているため、不思議なことに1年中アジサイが咲いているらしい。
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そしてこれは島後の見所として有名なローソク岩。
日本海側は波が荒く浸食が激しいため、波で洞窟が穿たれ、それが崩壊して残るとこのような形が残るそうです。
これは思ったより小さいかな。
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ここからは南下して、創生館、向いの隠岐郷土館、水若酢神社。
それぞれほぼ隣り合っています。
隠岐郷土館は学校だったような建物で、竹島の展示コーナーもありました。
そう、竹島は島根県沖ノ島町に属しているのです。
水若酢神社はやはり本殿は妻入の隠岐造り。
http://www.oki-geopark.jp/episode/lifestyle/culture/architecture/
土俵があります。これも隠岐によく見られるらしい。
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夕方になってきて、都万の船小屋を見て、壇鏡神社、壇鏡の滝へ。
壇鏡の滝は入口がわからなくて難儀しましたが、ようやく到達した滝は雨の中、趣があってとても良かった。
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レンタカーを返し、送ってもらって、夕食に魚をたくさん食べ、たくさん飲んで島後の一日が終了。


■島前・中之島編

一夜明けた朝、ホテルをチェックアウトして、島後の西郷港のフェリー乗り場からフェリーしらしまで出港して中之島の菱浦港に上陸。
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中之島は行政区画では海士町となります。
過疎ばかりの離島の中で人口が増加に転じたことで有名で、人口の2割はIターン、Uターンだそうです。
山がちの隠岐の島々の中で唯一稲作が行われていることも特徴だそうです。
また、斜面では牛が放牧され、足が強くなります。足が強くないと体重を増やせないそうです。

菱浦港の建物は当地の踊りの名を取ったキンニャモンニャセンターと呼ばれる木で出来たしゃれた建物です。

ここから、海中展望船「あまんぼう」に。
随分と時間が経っているので地図で見てもわかりにくいですが、島前の三島は火山のカルデラを囲む地形が元になっています。
島に囲まれた内海はとても穏やかで、ほとんど波がないため、岸際まで木が生えています。
しかし、内海を出たところにある三郎岩の近くに行くと波が荒く、木が生えている位置が高くなっています。
日本海の浸食は激しく、どんどん海岸の様子が変わり、三郎岩も最近岩が4つになってしまったそうです。
その三郎岩近くで水中を見ます。
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来るたびに船から餌をまいているので、魚が集まっています。
また、写真ではわかりにくいですが、海底は夥しい数のさざえでいっぱいです。

海中展望船を降り、船の時間まで菱浦の集落を歩いていました。
家々の庭もきれいに手を入れられていて、花が咲いています。
また、中国地方でよく見る恵比須さんがはまった瓦もありました。


■島前・西ノ島編

半日の中之島の菱浦港滞在後、昼に出航。
島前の島々の間は内航船という船が1時間に1回程度行き来しており、簡単に移動できます。
菱浦港を出航して15分で西ノ島の別府港に到着。
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西ノ島中心部の浦郷港まで行き、定期観光船で出発。

西ノ島の観光のハイライトは、北側、日本海に洗われたダイナミックな海岸線です。
しかし、主要な集落、港は海外線と波が穏やかな南側の内海側にあります。
内海から北側に出るためには船で島を回り込まなければなりませんが、島の細い部分に 船引運河という水路が掘削されていて、ショートカットできます。
日本海に浸食された国賀海岸は切り立った崖になっていて、尖った岩や、浸食された洞窟がたくさんあります。
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これらの近くを通るだけではなく、なんと洞窟の中に船で入ったりします。
その中でも深い、明暗(あけくれ)の岩屋にも入ることが出来ました。
暗いトンネルから、出口に近づき、外の光が入る瞬間は歓声が上がります。
ここに入れるのは天候次第で、何度も来ても入れない人がいるくらいだそうで、とてもラッキーでした。

浦郷港に戻り、今度は定期観光バスで出発。
赤尾展望所、 摩天崖と、断崖絶壁を陸から、上から見ます。
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見晴らしは良いですが、崖の凄さは海からに軍配が上がるでしょうか。
また、西ノ島も牛や馬が放牧されているため・・・足下が落とし物だらけ。
景色を見るどころか下ばかり見ている感じでした。

帰りには由良比女神社。
ここは面白い由来があります。
由良比女が芋桶に乗って海を渡っているときに、イカが美しい手に無礼を働き、そのお詫びに毎年神社の前の浜にイカがたくさん上がるようになったそうです。
実際にこの浜にはイカが大量に押し寄せるそうで、最近でこそ減ったものの、今でもイカが集まるそうです。
http://www.town.nishinoshima.shimane.jp/midokoro/miru/138
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これで夕方、宿にチェックインして、食堂で刺身定食を食べて西ノ島観光終了。

翌朝はバスで別府港に戻り、黒木御所阯。
隠岐に流された後醍醐天皇が住んだという場所です。
高台にあって、穏やかな内海がよく見えます。
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返りに西ノ島ふるさと館を見て別府港に戻り、フェリーしらしまで出航。
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知夫里島の来居港によってから外海へ出て、本土の境港に到着、バスで米子駅まで出て、特急やくもで岡山、のぞみで帰りました。
行きの飛行機と違って、帰りは一日がかりでした。


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淡路島旅行 [旅・出張]

日本の島シリーズ、今度は淡路島に行ってきました。
本州、四国とも橋でつながっているので離島感こそ薄いものの、東京からだと行きにくいですよね。

淡路島東部、中央あたりの洲本からレンタカーを借りて出発。
まずは洲本城、山上でとても景色が良く、洲本の町が一望できます。
また、砂浜が拡がり、大阪にも神戸にも近いのに海の透明度が高いことも印象的です。
城址には偽物の天守閣が作られていますが、中に入ることは出来ません。
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洲本を出て、反時計回りに一周することにしました。

途中で東山寺(とうさんじ)に立ち寄り。
本当にこの道で大丈夫かと思うような狭い山道を進むとあります。
淡路島最古の木造建築とのこと。
山奥の寺なのに阿形と吽形がいます。ただ、仏像は見られなかった。
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夢舞台で昼食を摂ってから、道の駅淡路、淡路島北端です。
明石海峡大橋が大きく見えます。
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淡路島は明石海峡大橋で本州と、大鳴門橋で四国とつながっていますが、大鳴門橋が先に出来たのですね。
明石海峡大橋は世界最長の吊り橋で、3990mという計画が、工事の途中で起こった阪神淡路大震災のせいで3911mになってしまいました。
鉄道を通すことは想定されていないそうですが、水道管が通っていて、淡路島の水不足を解消したのだそうです。

北端を回って今度は西岸を南下。
淡路島は全体的に高い山がなく穏やかな地形で、海岸線もなだらかなため、海沿いの道のドライブが続きます。
アップダウンもそれほどないせいか、自転車も見かけます。
ただ、自転車はなぜか対向ばかり、時計回りが主流なのでしょうか。


北淡震災記念公園では、1995年の阪神淡路大震災でずれた野島断層がそのまま残っています。
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家のすぐ横をこの断層が走ったものの倒壊しなかった「メモリアルハウス」も見学できます。
震災の体験コーナーもあってみていたが、揺れ方が鋭い。
建物の倒壊の写真もすごかった。

うってかわって近くにある淡路市北淡歴史民俗資料館は、北淡震災記念公園をよそに空いていました。
見学者はあとひとりのみ。
歴史を感じる?建物。
しかし、展示物は興味深く、土器で出来たイイダコ漁のたこつぼがあります。弥生時代でしょうか?
今でも漁をするとこれが網に掛かるらしい。
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そのほか、塩作りのための土器が見つかるのも特徴的です。
塩はここで消費する分だけではなく、他の地域にも供給されていたようです。
阪神・淡路大震災で壊れたという布団だんじりの部分展示もありました。
その他、漁師の防寒着「どんざ」、魚を買い付けた「生船(なまふね)」、不遇の国学者鈴木重胤の展示もありました。

残りは神社をはしご。

伊弉諾神社は淡路国一宮で、相当に立派な神社。
でも、憲法改正ののぼりがうっとうしい。政治的主張をここでしなくとも。
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おのころ神社は、鳥居だけ大きいものの、拝殿も小さなものでした。
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さらに国分寺は跡形はあまりなく、山の中にある成相寺(なりあいじ)も中身は公開されていませんでした。

このあたりで時間がなくなり、一周を諦めて高速に乗って洲本まで戻りました。


さて、一夜明けて最後は洲本の探検。
まずは洲本市立淡路文化史料館。
狸が迎えてくれます。淡路島には狸にまつわる昔話がいくつかあるようです。
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ここも3フロアの充実した展示なのに、空いています。
縄文のちょっとの展示と充実した弥生時代、古墳時代の展示があり、ここでも古くから塩を作っていたことが解説されています。
そして近世・近代の展示も充実。
現在の淡路島は兵庫県になっていますが、かつては阿波の領地でした。
阿波の蜂須賀氏の有力家臣の稲田氏が治めていましたが、維新で蜂須賀氏は幕府側、稲田氏は朝廷側に分裂。
維新後は政府に士族の処遇を求める稲田氏を蜂須賀氏が襲う稲田の変が起き、政府は蜂須賀氏側を処分するだけではなく、稲田家家臣も日高の静内に送られてしまいました。

また、洲本と福良の間に60年代まで鉄道が走っていたというのも驚きです。
淡路人形浄瑠璃やだんじりの展示もありました。

洲本城はかつては山上にありましたが、その後は麓に移り、そこを中心に、海側の内町、上流側の外町からなっていました。
海側の内町には2箇所からしか入ることが出来ませんでした。

昔の地図を見てから、淡路文化史料館を出て、現在の町へ。
地図で、左右の町の格子を見てください。
http://www.sumoto-cci.org/shimaaruki/sumoto/
今でも町の格子がまったく違います。
また、上に洲本川が流れていますが、その下にいわた通りという広い通りが左右に走っているところに注目です。イオンの下です。


堀端筋が内町と外町を分けていた掘り割りの跡です。
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外町だったところには商店街がいくつかあり、入口付近は賑わっていたものの、奥は寂れていました。
かつて洲本にはカネボウの工場があったそうですが、その当時は違ったのでしょうか。
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北側を東西に走るいわた通りは、不思議な感じで曲がっています。
これはブラタモリをいつも見ているとピンときますが、やはりかつての洲本川の流路のようです。
その後はここを鉄道が走っていたようですね。
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洲本川を付け替えて出来た土地にかつてのカネボウの工場がありました。
現在でもいくつかの建物が残されています。
写真で見ると、となりにみなと銀行の建物も同じような色合いで建てられて配慮されていますし、道の建物側は殿中がありませんね。良い感じです。

短時間ですが、なかなか楽しい街歩きでした。
ただ、街自体ほとんど高低差がなく、津波が来たら心配ですね。


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