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冬の防寒 [日常]

今年は早くも春一番が吹いてしまいました。
でも、平年であれば、1月末から2月はじめは東京の気温が一番下がる時期ですね。
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/nml_sfc_d.php?prec_no=44&block_no=47662&year=&month=2&day=&view=p1

もともと暑さに比べて寒さはあまり苦ではないものの、釣りに行って動かずに立っていたりするとやはり寒い。

さらに、部屋にいても、引っ越した去年は寒くなかったのに今年は寒い。
恐らく、在宅勤務で座ってじっとしているからなんだと思います。

まあ、冬は寒いのは当たり前で仕方がないものだと思っていましたが、実は工夫のしがいで随分改善できるというのが今季の発見です。

釣りに行く、というかアウトドアでの服についていろいろ調べてみると、ユニクロのヒートテックより良いものがあるという情報が多々あり、買ってみたのがモンベルのアンダーウェア。

モンベルの場合、ジオラインという化学繊維と、スーパーメリノウールという天然繊維があり、それぞれ厚さに3種類あります。

ジオラインのほうが乾きやすいので汗をかく運動に向いていて、スーパーメリノウールの方が暖かいといった違いがあるとのことですが、正直なところ、今のところあまり違いはわかりません。

両方暖かいし、仕立てのせいもあるのか柔らかい着心地で着ていることを意識させない。ヒートテックは締め付けられるような着心地です。
洗濯して乾かしても両方とも脱水した時点でさらっとしています。このことはヒートテックと一緒に洗濯して干すと、かなり違いは明瞭で、ヒートテックは脱水直後はべたっとしていることがわかります。

ただ、一応洗い方としてスーパーメリノウールは中性洗剤を使うように指定されているので、ジオラインの方が扱いやすいかも知れないですね。

もっとも、ヒートテックも良いところがあって、袖や裾がやや短くできているので、上に来たものからはみ出したりしないようにできているようです。ここは街で着るには大きな利点かも知れませんね。
もちろん値段も大きく違う。

そしてそして、今季何より大きな発見だったのが、スーパーメリノウールの靴下。
釣りに行った場合でもテレワークをしている場合でも足下が寒い、というのがありがちなところ、これは暖かい。
たとえて言えば、こたつか暖かい布団に足を入れている感じです。
普通の靴下を1、厚手の靴下を2-3とすると、10くらい暖かい。

これでこの冬はかなり快適に過ごせました。




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琳派と印象派その2 [芸術]

誕生日の1月23日、再びアーティゾン美術館、再び「琳派と印象派」に行ってきました。

前回は風神雷神図が展示されていない会期だったこともあり。

今のご時世らしく予約制なのに、着いたら入口前に長蛇の列で入場規制されていて、冷たい雨の中を結構待たなければなりませんでした。中もそれなりに混んでいたし。会期末だからでしょうか。

実のところ、印象派の絵画以外、つまり琳派の絵は相当入れ替えられていたようで、混んでいたけれども楽しめました。

・酒井抱一・鈴木其一「夏図(十二ヵ月図の内)」
酒井抱一・鈴木其一との凶作。
3幅だが構図が素晴らしく、漫画のようなユーモアもある。
一番面白いのは絵が表装まで拡がっていて、掛け軸の日本の紐(風帯)まで本物ではなく絵で描かれている。

・酒井抱一「芥子藪柑子図」
芥子(けし)と藪柑子(やぶこうじ)の二幅。
芥子の図の構図、余白とのバランスが素晴らしい。

・池田孤邨「四季草花図屏風」
六曲一隻。
池田孤邨は青楓朱楓図屏風で興味を持っていましたが、これも素晴らしい。
朱と緑の対比が中心にあって、右上から左下に展開している。
右上の紅梅白梅の形は、尾形光琳の紅白梅図を想起させる。

・俵屋宗達「風神雷神図」
京都国立博物館で見た以来ですが、そのときより小さく感じました。
二曲一双なので左隻と右隻の間隔で印象が変わるような。


あと、印象派の絵は・・・勉強中です。

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森達也「U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面」 (講談社現代新書) [読書(教養書・実用書)]


U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面 (講談社現代新書)

U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面 (講談社現代新書)

  • 作者: 森達也
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/12/16
  • メディア: Kindle版



座間の白石隆被告の死刑判決が確定してしまったというニュースを見ました。
他人の命をなんとも思わない人は、自分の命もなんとも思っていないーー情性欠如という話を思い出しました。
そして、お正月に読んだこの本を思い出しました。

本書は植松聖被告による相模原の津久井やまゆり園殺人事件を追ったもの、ですが、何か理論的な知見は見解を示してくれるものではありません。
肝心の被告に接見したのは1回ですし、著者の独白や脱線が多い。
何人かの人にインタビューしながら、著者と一緒に考えていくといった構成です。

著者が繰り返しているように、確かに日本の司法制度、特に死刑周りはおかしなことが多いと思います。

・全ての事件において特異性と共に普遍性があるはずであり、それぞれの事件で原因が掘り下げられるべきなのに、被害者ばかりに注目が集まり、セレモニーと化した裁判で死刑があっという間に決まってしまう。
しばしば1審で終わる。

・加害者がなぜその事件を起こしたのかはあまり報道されない。すると加害者の言い分を取り上げるのかと批判される。

・被告が加害を認めているので精神鑑定のみが争点となるが、それがかなり雑。
どうやっても認められることがないので鑑定者も適当にやっている?

・裁判員裁判が導入された結果、鑑定書も含めた情報はそぎ落とされ、審理期間もとても短くなる。
たとえ重篤な犯罪、死刑か否かの判断であっても。

・オウムの時の松本被告もどうみても拘禁反応で壊れた状態にあったのにそのまま死刑にしてしまった。
治療をしてから裁判にかければもっといろいろなことが分かったのではないか。

ということで、世論も司法システムも被害者の応報感情を満たすために一直線に進んでいき、なぜそのような犯罪が起こったのかはわからない。
それで良いのか?ということです。

よく考えれば死刑囚が刑務所ではなく拘置所にいるのもおかしいのでは、という話。
死刑囚には死刑しか科すことができず、刑務所で懲役刑を科すことは出来ないので、(釈放してもいいはずだが)なぜか拘置所に刑が執行されるまで拘束されているのだそうです。
また、死刑が確定すると接見できなくなってしまうようですが、これも根拠がはっきりしたいのではないか、とのことです。


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琳派と印象派 [芸術]

オープンしてから行こうとは思っていたアーディゾン美術館ついに行ってきました。

「琳派と印象派」
https://www.artizon.museum/exhibition_sp/rimpa/

都心のど真ん中にあるし、その割に落ち着いた空間で良いですね。
ご時世のせいか事前予約が必要だからか、混み合っていて見えないとかそういうストレスがないのも良かったです。

琳派と印象派という2つの都市の文化を比較するというテーマですが、どうでしょう。
前半が琳派で後半が印象派です。中盤で比較されているものの、まあ、体系が違いますからね・・・。
琳派をじっくり見て、印象派はさっと見て終わりにしました。
風神雷神図は後期だったので、また見に来ることにします。

福岡県の久留米市にある石橋美術館で見た作品も再見しました。
東京で見られることがうれしい反面、久留米の人達のことを思うとちょっと複雑です。

・「洛中洛外図」
これは誰が書いたものなのでしょうね。金をふんだんに使った豪勢なものではありますが、岩佐又兵衛の舟木本のほうが迫力があるかな。

・本阿弥光悦・俵屋宗達「桜柳下絵新古今和歌巻」
鶴下絵三十六歌仙和歌巻と同じコンビの作で素晴らしい。
ただ、展示されている下絵は桜しか見えませんでした。他の部分に柳がある??
あと、順路に沿ってみると絵巻を左から右に見ることになるのがちょっと・・・。

・鈴木其一「夜桜図」
これはすごかった。
墨のモノトーンだけで描いた桜、それも夜の。

・池田孤邨「青楓朱楓図屏風」
これは久留米で見て気に入ったもの。
絵も良いし、表装も素晴らしい。
これは今回の他の琳派の展示にも通じるもので、絵の周りも素晴らしい。

・中村芳中「四季草花図扇面貼交屏風」
扇の中に収めた草花、しゃれています。

常設展には、青木繁の「海の幸」、「大穴牟知命」、「わだつみのいろこの宮」もありました。
佐伯祐三の「靴屋(コルドヌリ)」 もありました。
これも東京に来ちゃったのですね。


あと、コロナ禍のせいか、自分のスマートフォンで聞く形式のオーディオガイド、増えましたね。
次回はイヤホンを忘れないようにしなければ。

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船舶免許 [日常]

今年の夏休みは新型コロナウイルス感染症のせいで海外旅行も行けないので、船舶の免許を取ってみました。
2級小型船舶免許、正確には2級小型船舶操縦士免許と呼ぶそうです。

小型の名の通り、エンジンが着いた小さな船(総トン数20トン未満プレジャーボートは24m未満)を操縦する免許です。
2級は平水区域および海岸より5海里(約9キロメートル)以内という制限があります。

目的は釣りですね。
レンタルボートにはエンジン付もありますが、2馬力を超えるものを借りるには免許が必要です。
湖でも、やっぱりエンジンの機動力は魅力的です。あまり動かなくても風が吹くと・・・。

面白いところは、車と違って、船って免許を持っていなくても操縦できるのです。
免許を持っている人が船長として同船していれば。
なので、実技の練習も車のように教習所内でやるのではなく、いきなり海です。

私が受けたコースはオンラインとオフラインがハイブリッドになったもの。
まず申し込むと今ラインの講座にアクセスできるようになって、勉強します。
ロープも一緒に送られてくるので結び方もビデオで練習です。
学科だと、標識とか覚えるのが結構大変です。
また、基本的に右側通行なんですけど、ぶつかりそうになったときによけるルールは、船の種類によって複雑です。

そして、平日1日だけ実技研修。
これは緊張しますね。いきなり海でやるので。
舵って車と違って遅れてじわじわと効いてくるんですね。また、速度を落とすと効かなくなる。
安全確認をしつこくやることを求められるのですが、蛇行など結構苦手でした。

さて、そして日を変えて休日に一日で試験。
午前中は身体検査の後、ペーパーテストで学科。これは終わると解答が掲示されて、ほぼできました。
午後は実技でロープの結び方を確認されてから、実際の船で発進、後進、方向転換、蛇行、救命、離岸、着岸など。
実技の日より風がある・・・。
苦手な蛇行もブイに近かったものの、救命も無難にこなしてほっとしたところで、着岸でゴチンと岸に船をぶつけてしまいました。低速で舵が効かないんだもの・・・。
これはまずかったなあ、と微妙に落ち込んでいましたが、態度が良かったのか、後日合格していて、簡易書留で免許証も送られてきました。
終わりよければすべてよし。

さて、実際にエンジン船デビューはいつにしますかね。
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在宅勤務3 [日常]

桜が咲いた頃からの在宅生活、2か月近くになりますね。

最後に出社したのが緊急事態宣言がでた4月7日、会社に行くどころか電車に乗ったのもそれが最後です。
当初より緊張感が薄れてしまい、生活時間はやや夜型になっているものの、リズムもできてきました。
ゴールデンウィークに挑戦した結果、自炊のレパートリーも拡がってきました。
出かけたくないといったら嘘ですが、それなりに充実した生活です。

特に最近読書を始めたのが良い感じです。
仕事で読まなければならない本はたくさんあるけれども、やはり小説を読むのが楽しい。

ただ、運動不足は痛感しています。
在宅生活の最初の頃は走ったりしてみたものの、どうも本を読み始めるとモードがインドアになってしまうのか、外に出るのが著しくおっくうになってしまいました。何かペースというか、指向が違うんですよね。

買い物も上手になってきて見通しを立ててできるようになり、週に2回のペース。
今日は久し振りに太陽の光を浴びながら行ってきました。
緊急事態宣言の解除も報道されています。
新規感染者数が落ち着いてきたこともあるのか、吉祥寺も随分店が開いてきていて、人も増えてきました。
自粛が緩んでいるとも言えるのかも知れませんが、日常を取り戻しつつある街を見てほっとしました。

ツツジに続いてアジサイが咲き始めています。季節は進んでいきます。


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石弘之「感染症の世界史」 [読書(教養書・実用書)]


感染症の世界史 (角川ソフィア文庫)

感染症の世界史 (角川ソフィア文庫)

  • 作者: 石 弘之
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/01/25
  • メディア: 文庫



これも初版2018年が、2020/4/20に第9版となっていて、帯には「緊急重版」と書いてあります。

世界史というタイトルこそ着いていますが、ウィリアム・H・マクニール「疫病と世界史」ほど歴史っぽくなく、山本太郎「感染症と文明ー共生への道-」ほど文明論っぽくなく、強いていえば環境に重点があるでしょうか。
感染症にまつわるいろいろといった感じです。

「第一部 二〇万年の地球環境史と感染症」でも時系列に説明されるというのではなく、人類の変化、それによる環境の変化が感染症の問題を引き起こしているよ、という話で、
「第二部 人類と跫音するウイルスと細菌」ではピロリ菌、寄生虫、性交渉、ヘルペス、インフルエンザ、エイズと感染症別の話になり、
「第三部 日本列島史と感染症の現状」ではハシカ(麻疹)、風疹の問題から縄文人、弥生人の話に拡がっていきます。

第三部が新鮮だったと言えるでしょうか。

それぞれの病気で亡くなった有名人がまとめて書かれていたり、かなりいろいろな話が出てきて、良くも悪くも話がいろいろなところにとんでいる感じです。
いくつかの本を読んでから読んだからの印象かも知れないですね。

著者は感染症や歴史を専門とする学者ではなく、新聞社にいた人ですが、マラリア、コレラ、デング熱など多くの感染症にかかったという変わった?経験を持っているそうです。

あとがきには、本書の執筆について、
「はじめは病原体への復讐の気分だったが、書き終えて、彼らも人と同じように環境の変化に耐えながら、ともに進化をしてきた戦友のような気分になってきた。」

と書かれています。
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ウィリアム・H・マクニール「疫病と世界史」 [読書(教養書・実用書)]


疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/12/01
  • メディア: 文庫



疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)

疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/12/01
  • メディア: 文庫



感染症シリーズ。
これも文庫として2007年が初版ですが、2020年3月30日に第7刷となっています。

ただ、もともとは1975年(!)に書かれた物のようで、1977年に書かれた序にはエイズについて滔々と書かれていて、そこにも時代を感じます。
また、最初の人類の起源、出アフリカのあたりも現在の知見からすると古くささは否めないところです。

ただ、「世界史」と同様、一人によって書かれた通史という意味で、全体像をつかめるところは良いところです。

感染症がスペインの中南米征服を始めとする歴史に大きな影響を与えてきた、というのはジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」で衝撃を受けましたが、この考え方自体は彼のオリジナルではなく、以前からあったと言うことですね。

全体構成は、有史以前から、歴史時代、紀元前500年から紀元1200年まで、1200~1500年、1500~1700年、1700年~とおおくくりに章立てされています。
中世ヨーロッパのペストや、20世紀初頭のスペイン風邪といったトピックを並べるというより、時代を俯瞰しているところに特徴があると思います。

文明と周縁の関係で理解するという考え方は「世界史」と通底しているように感じます。さらに本書で提示されている面白い概念が、マクロ寄生、ミクロ寄生。
後者はまさに感染症を意味していますが、後者は支配層と被支配層といった社会システムを示しています。これらが表裏一体として歴史が語られます。

有史以前に人類がいたアフリカは熱帯で感染症にさいなまれ、生態系の一部として量がコントロールされていました。
しかし、アフリカを出て温帯に打って出た途端、ずっと感染症のリスクが低くなり、拡がっていきます。
そしていくつかの場所で文明を興すことになります。
メソポタミアで人口50万人に達したとき、麻疹が流行り続ける規模にも達してしまいます。
中国では感染症の多さが華南への展開を阻みます。
インダス文明からインドに拡がると感染症に遭遇し、それが異民族間での接触を最小化するカースト制の原因ではないか、とも。
そして、地中海世界は乾燥しており、水辺に裸足で入る農業も行われず、感染症のリスクが低い地域だったのではないかと考えられます。

ここまでの段階で、人口集中が起きて感染症が流行り始めていても、各文明でそれぞれ違った感染症を持って、それとのバランスを保っていたのではないかと考えられます。
しかし、紀元をはさんだ時代にユーラシア大陸の東西の交流が生まれ始め、互いの感染症が行き来して甚大な被害を及ぼすようになります。
アテナイの崩壊、ローマ帝国での疫病。キススト教の国教化や仏教の広がりなど、疫病で苦しんでいたことと関係があるのではないかとさえ考えられます。

そして13世紀にモンゴルがユーラシアを席巻し、東西の交流が活発になっていった後、ペストがヨーロッパを襲うことになります。ヨーロッパで舟運が発達してきていたことも、原因にあるようです。
ネズミ、ノミ、人間の間で行き来するペストは船の移動と相性が良いのです。
こうした甚大な影響を残しつつ、旧世界の感染症は、共通化、いわばグローバルスタンダードが確立していくことになります。

そして、新世界であるアメリカと旧世界の接触が生じ、抵抗力を持たない新世界の人々が感染症に斃れてしまったのは今ではよく知られている歴史です。

そこから現代に到るまでの歴史は、スペイン風邪や医療の発展以外の部分も触れられていて新鮮でした。
種痘が技術として確立されてからそれが社会に受け入れられる過程は、イギリス、アメリカでどのように行われたのか。
インドの風土病だったコレラが交通網の発達で全世界で流行し、それがヨーロッパの上下水道の整備にいかに影響したのか。

特に近代においては軍との関係が強いです。
感染症は人が移動する貿易、そして多様な人が集まり遠征する軍と古来からも深く深く結びついていたのですね。
日露戦争で日本が兵隊に予防接種を打ったことも他国にとって大きなレッスンになったようです。

鬼頭 宏「人口から読む日本の歴史」では、江戸のような都市は感染症の流行で人が亡くなってしまうこともあり、蟻地獄のように人口を吸収していたことが書かれています。

これは世界でも同様だったようで、都市自体が人口流入なしに人口を維持できるようになったのはせいぜい1900年頃だそうです。そこから世界の人口の急増が始まっていきます。


読み終えて改めて、感染症が人類の歴史、習慣や宗教も含めた文化に与えた影響が大きかったことを感じさせられます。
一見戦争や社会の混乱によって人口が減少したようにみえる時期も、大方感染症のせいに違いない、ということです。

新型コロナウイルスはこれまでの歴史における流行に比べると人口に影響を与えるほどにはなっていないとは言えるでしょうが、やはり人間の行動様式に影響を与えるのではないかという気もしてきました。
そして、ウイルスとのつきあいは、今後の歴史にも続いていく運命のようです。
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(旅に行けないので)日本の島について [旅・出張]

NHKを見ていたら「ニッポン島旅」という番組があって、五島列島の福江島をやっていました。
資料館でしか見られなかったお祭りの様子など、また旅行をしたくなってきます。

一昨年2018年に、全都道府県庁所在地を制覇してから、日本の島を巡る旅を始めました。
日本の島の面積上位20に行って見ようというわけです。
雨男のせいでしばしば天候に阻まれつつも、行ける島としてはあと屋久島だけ、と王手をかけたところでこのコロナウイルスの自粛です。
一体いつ行けるのかわからないので、これまでの島をふりかえってみたいと思います。

なお、日本の島の面積順、といっても資料によって違いがあり、ここではWikipediaの情報を基にしています。

()は面積km2

■第1位 本州 (227,942)
(略)
住んでいる。実は世界第7位と大きな島。

■第2位 北海道 (77,984)
(略)

■第3位 九州 (36,782)
(略)

■第4位 四国 (18,298)
(略)

■第5位 択捉島 (3,167)
(略)行けないし。

■第6位 国後島 (1,489)
(略)行けないし。

■第7位 沖縄島 (1,207)
(略)沖縄島って言い方はあまり聞かないですね。

■第8位 佐渡島 (855)
沖縄島に次いで大きい島だが、全体が1つの市になっていて、人口は6万人弱と少なく、人口もばらけている感じ。
島というと狭隘な土地という印象があるが、中央部は平野になっていて、米どころの1つになっている。
島流しの歴史があるので実は文化の香りがあり、能舞台が随所にある。一方で、廃仏毀釈も激しかったという。
また、金山のおかげで栄えたので産業遺跡も面白い。
重伝建になっている宿根木も素晴らしいし、それ以外も立派な街並みが多く残っている。

はっきりしないが、どうも日本の上位20位の島のうち、珍しく海洋島だった可能性がある。


■第9位 奄美大島 (712)
これも大きな島だが、佐渡島と違って、鹿児島県内で天文館に次ぐと言われる名瀬という繁華街がある。
土地が狭いので、不動産屋を見ると東京とあまりかわらない家賃が表示されていたりする。
渡瀬線の南にあるので食性も含めて沖縄っぽいが、建物やお墓は本土っぽい折衷的な雰囲気。
山がちで海岸線は入り組んでいて、激しい波が洗う浜があれば、穏やかな浜もあって変化に富んでいる。

■第10位 対馬 (696)
これまた山がちで、ドライブしていてもトンネルばかりでちっとも海が見えない。
行った際はあまりにも韓国人が多く、海外旅行をしているみたいだった。
携帯電話も韓国の電波を拾ってしまってびっくりしたことも。
道路標識は日本語と韓国語の二か国語表示
平地がほとんどないので農業には適さず、古くから国境の街として貿易で栄えてきた。
平安時代の城跡や大戦時の砲台など、まだまだ観光地化されていない場所がたくさんある。

島の中心部に船越と呼ばれる細い場所がある。
船がショートカットするために陸を担いで渡ったという場所。
実は他の島でもこの「船越」という地名は見られる。

■第11位 淡路島 (593)
一番離島っぽくない、バスで行ける離島。
鉄道ではいけないが、実は昔島内に鉄道が通っていた。
街は離島っぽくないが、海は美しい。
また、辺境ではなく日本の歴史に古代から登場するところも離島っぽくない。

■第12位 天草下島 (575)
このくらいの大きさから、ようやく1日で観光しながら一周できる感じ。
離島っぽいが、橋を渡っていくと陸路で本土とつながっている。
ほとんどが天草市だが、一部だけ苓北町。これは苓北には火力発電所があることも理由らしい。そのため、電気の確保に苦労する離島、どころか熊本県内需要の6割を発電しているらしい。
隠れキリシタンの歴史が残り、崎津のように小さな漁村に教会が建つという不思議な景色を作っている。


■第13位 屋久島 (504)
行きたい!

■第14位 種子島 (444)
鹿児島県最高峰を有するとなりの屋久島と違って、最高地点で300mないのっぺりとした島。
鉄砲伝来の歴史があり、今はJAXAのロケット打ち上げ上があって見学できる。

■第15位 福江島 (326)
五島列島最大の島。
ここもキリスト教の教会が集落毎にあり、鍵もかかっておらず、勝手に見学することができる。
地形や海岸線は変化に富んでいて、静かな入江もある。
各地域に個性的な祭りもあり、再訪して五島列島の他の島にも是非行って見たい。


■第16位 西表島 (290)
他の上位20位の島はみんな1万人以上は住んでいるのに、西表島は3000人に満たないという極端に人口が少ない島。
マラリアの蔓延地域だったために人が住めなかった。
おかげで、賑やかな隣の石垣島と打って変わって、未だに道も島を一周しておらず、秘境感たっぷり。

■第17位 徳之島 (248)
奄美大島の南に位置するが、奄美大島と比較して地味な印象があり、観光地化されていない。
奄美大島以上にサトウキビの栽培が盛んで、闘牛が有名なので牛を鍛えるために散歩させている光景をしばしば見かける。
なぜか?出生率が高い子宝の島で、かつては教育に力を入れて東大にたくさん進学していたこともあったという。


■第18位 色丹島 (248)
行けないし。

■第19位 島後 (242)
隠岐は島後と島前という2つの地域に分かれていて、島後は島後島1つ。島前は中之島、西ノ島、知夫里島の3島を中心とした島々。諸島内、特に島前は頻繁なフェリーで簡単に島々を行き来できる。
ジオパークになっているとおり、島ならではの変化に富んだ地形を楽しめる。
海洋島だったが、氷河期に一瞬本土と地続きになっていたという変わった歴史もある。
西ノ島であれば、日本海側は断崖絶壁で白波が打ち寄せ、本土側の内海は穏やかで陸もなだらかで人口が集中する。
文化的にも神社が大変に多く、土俵があったりして面白い。一方、廃仏毀釈が激しかったために寺社は神社と比較して極端に少ない。

■第20位 天草上島 (226)
宇土半島と天草下島をつなぐ場所に位置していて、両方と橋でつながっている。
下島に比べて離島感には欠ける?
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山本太郎「感染症と文明ー共生への道-」 [読書(教養書・実用書)]


感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

  • 作者: 山本 太郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/06/22
  • メディア: 新書



先日読んだ加藤茂孝「続・人類と感染症の歴史 ー新たな恐怖に備えるー」 は病気別に歴史を語っていましたが、本書は歴史の流れの中で感染症を見ていくもの。

個別個別の事例だけではなく、全体を通じた人類とウイルスの関係が深いこと。

もともと狩猟採集の生活をしていた頃は、人類はずっと感染症と縁のない生活をしていました。
しかし、集住・定住を始めると、人間同士だけではなく糞便とも接触する機会が増加してしまい、急性感染症との戦いが始まります。

しかし、ある集団がある感染症を持っている(≒一定の耐性を持っている)ことは、他の集団を攻撃する武器でもあり、他の集団からの攻撃を防御する武器ともあります。

昔はそれぞれの文明が持っている感染症は違ったらしいです。
人類はアメリカ大陸にベーリング海峡を通って渡ったと考えられていますが、その過程で一定の気温が必要な感染症は着いてこられなかったのではないかとも考えられるそうです。

中世のヨーロッパのペストは有名ですが、東ローマ帝国が版図を拡大できず人口を減らしてしまったこと、イスラムがサハラ以南に拡大できなかったこと、背景に感染症があるのではないかというのは興味深いところです。

大航海時代が訪れ、ヨーロッパが植民地化を始めると帝国医療・植民地医学と呼ばれる分野が勃興します。
最初はアフリカ(特に中部でしょう)にいったヨーロッパ人は次々と熱病で命を落としていていましたが、キニーネによるマラリア治療により劇的に改善。
感染症の対策がどんどん発展していきます。

20世紀前半の発見、進歩は著しいものがあります。
天然痘の撲滅は冷戦下、米ソ協調によって実施されました。
こうして感染症の脅威から人類は解放されたと思いきや、開発に伴い、新興感染症が現れてきます。

感染症が死因の座から引きずり下ろされてきたと思ったら、現在のコロナウイルス騒ぎです。

しかし、感染症はまだまだ謎が多く、大流行したと思うとなぜかどこともなく消えてしまうこともあるのです。
この理由は謎でしかありません。

進化医学という分野もあるらしい。
通常、感染症は拡がると共に弱毒化していく物なのに、スペイン風邪の3回の大流行で、最初の流行はより2回目の流行で致死率が高くなり、3回目の流行では再び低下。
人間の行動が感染症の原因に淘汰圧を及ぼしているのではないか。
マラリアの話でいえば、感染した人間を重症にして動けくしたほうが蚊に刺されやすくなって感染症からすれば有利ですが、皆が蚊帳で守るようになると、軽症で出歩いてもらった方が感染症としては拡大しやすくなります。

エピローグは「共生の道」という意味深な題が与えられています。
感染症と人類は、快適ではないが共生するしかないのではないか、という問いかけです。

感染症は人類の生活形態が生んだものであるのは上記の通り。
いくつかの感染症は動物由来であっても、もはや人間に感染することしかできなくなってしまっています。
人間の生活や対応が変わればウイルスも変わる。互いに影響を及ぼしている関係にあります。

今回のコロナウイルスでも、「これを機に人類の行動様式が変わる!」といった主張も散見しますが、そんなに簡単ではない印象です。
確かに変わるかも知れませんが、人類の行動様式が変われば、その行動様式に適応した感染症が現れる、それが逃げられない運命のようです。
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