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天草旅行 [旅・出張]

毎年恒例、1月の連休の旅行は天草に行ってきました。

天草は120もの島からなり、現在は熊本県に属していますが、長崎県、鹿児島県にも面していています。
今でこそ「離島」ということになりますが、かつて舟運が主体だった時代にはむしろ交通の便の良いところだったのでしょう。
主要な島である下島(しもしま)、上島(かみしま)、大矢野島、そして本土側の宇土半島も含めて川のような水路で離れているくらいなので、橋で接続されており、半島のような交通路になっています。
全体的に山がちで平野は少なく、海岸沿いにいくつかの街があります。

東京から行くのにはそれなりに時間がかかり、観光に割けるのはほぼ一日。今回は一番離れた下島を中心に反時計回りに回ってみました。


■本渡(ほんど)

昼頃に家を出発して、羽田空港から福岡空港へ。
ここから往路は天草エアラインを利用してみました。

天草エアラインは「みぞか号」1機しかない小さな航空会社ですが、手作りの機内誌を作ったり、頑張っています。
あいにくの天気で景色は楽しめなかったものの、夕暮れの天草空港に到着。
いつものように雨が降っていて、リムジンバスで本渡へ。

本渡は下島最大の都市で、コンビニやファストフードもあり、寂れているもののアーケード商店街もあります。

二日目に歴史民俗資料館、天草キリシタン館、明徳寺を見て、三日目は祇園橋と本渡諏訪神社を見学。

天草の歴史となると、やはりキリシタンによる島原・天草の乱と、その後の鈴木氏の統治の話が中心になります。いろいろな博物館がありますが、内容はほぼ同じになっている印象です。

早い段階からキリスト教化が進んでいた島でキリスト教を弾圧したため、という宗教上の理由だけではなく、耕地が限られているにもかかわらず高い年貢を課されていて、凶作が続いたことが理由として挙げられています。
ただし、反乱側は最終的に1人を除いて全員死亡という悲惨な結果となったこともあり、なぜ、何を目指して反乱を起こしたのかはよくわからない印象です。

37000人もの人が亡くなってしまったために地域社会のダメージは大きく、その後天領になった天草に代官となった鈴木重成は年貢の半減を幕府に求め、その兄で曹洞宗の鈴木正三は仏教でこの地を支えようとしました。その子の鈴木重辰も含めた3人はとても尊敬されていて、鈴木神社という神社もあるそうです。

本土にある明徳寺も曹洞宗のお寺。
石段には十字架が刻んであり、そこを踏んでいくようになっているとのことでしたが、見てもよくわかりませんでした。
階段の右にある像、明らかに外人顔ですね。
境内の慈母観音もマリア像のようでした。

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■苓北町(れいほくまち)

天草下島はほとんど天草市ですが、北西部分は苓北町になっています。
ここに飛び出したよう半島があり、富岡城の跡があります。

ここは島原・天草の乱の際に激戦地となり、勃発後勢いを増す反乱軍が攻めますが、落とすことが出来ませんでした。
そのことが、反乱の潮目の変わり目になったようです。

現在の建物は復元のようですが、海の眺めは美しく、自然に作り上げられた砂嘴が見えます。

この辺りは昔は石炭がとれたそうで、現在では巨大な火力発電所がありました。

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■大江、崎津

下島の西部は断崖絶壁が海に臨むような厳しい地形で、夕陽で有名。

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その間に小さな集落があります。
大江は山の中、崎津は海沿いの小さな集落ですが、そこに教会が建っています。

教会の建物自体は正直なところそれ程でもないように思いましたが、小さな日本的な集落に教会が建っているのは不思議な光景ではあります。特に崎津なんて、本当に小さな集落です。

島原・天草の乱以降はますますキリスト教の弾圧は厳しくなり、毎年踏み絵を踏ませたりしていたようです。
それでもこの辺りには隠れキリシタンが残り、300年も信仰を守ってきました。
その間にオラショと呼ばれる祈りの言葉はラテン語も意味不明のものになるなど、変化していきました。
明治になってキリスト教の禁令が説かれたとき、崎津はカトリックに復帰しましたが、隣の集落の今富は自分たちの信仰を続ける選択をしたそうです。

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■牛深(うしぶか)

下島の一番南西にあるのが牛深。
ハイヤ大橋という巨大な橋があります。これは関空を手がけたレンゾ・ピアノが設計したとのこと。
遊郭の跡地など見てみたかったのですが、時間が遅くて断念。
おみやげに「ばくだん」などのかまぼこを買って、本渡に戻りました。

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■大矢野島

最後の日、帰りは熊本までバスで戻ることにして、大矢野島の天草四郎メモリアルホールをちょっと見て帰ってきました。

途中、一号橋を新設している工事が見えました。
現在の橋の隣にアーチの橋を架けているようです。

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